ブレタノマイセス ― 野生酵母が生む、ワインの“影と個性”

※本記事にはアフィリエイト広告を含みます。

目次

🧭 はじめに:ワインに潜む「野生の声」

「このワイン、ちょっと動物っぽいですね。」
そう評されるワインの多くには、**ブレタノマイセス(Brettanomyces)**という野生酵母が関わっています。

一見すると個性的で魅力的。
しかし同時に、それは果実香を壊し、産地の個性を覆い隠すリスクでもあります。

「ブレタノマイセスは、ワインに野生を与えるが、個性を奪うこともある。」


■ 1. Brettanomycesとは何者か

Brettは、ワイン中に自然発生する野生酵母の一種です。
学名:Brettanomyces bruxellensis
低酸素でも増殖でき、SO₂が少ない環境で活性化します。

古樽やワイナリーの壁面など、清掃しきれない箇所に潜むことが多く、
制御が難しいため「ワイナリーの亡霊」と呼ばれることも。

Brettは“自然”ではなく、“管理不備”のサインでもある。


■ 2. 香りの正体 ― 馬小屋、革、そして果実を覆う影

Brettが発生すると、4-エチルフェノール4-エチルグアイアコールという揮発性フェノールを生成します。

化合物香り影響
4-EP馬小屋、革、湿った木果実香をマスクする
4-EGスモーク、クローブ適量で複雑さ、過剰で焦げ臭

これらは、ナチュラルワイン愛好家の間では「ワイルド」「オールドスクール」とも言われますが、
果実の透明感・品種特性・産地の違いを消してしまう傾向があります。

🍇 ブルゴーニュのピノ・ノワールがどの畑でも同じ“獣臭”になる――
それがBrett汚染の怖さです。


■ 3. 酸化との関係 ― 酵母が侵入する“隙”

Brettは、酸化によってSO₂が枯渇したタイミングで活動を始めます。
つまり、酸化管理の不備が彼らの活動を呼び込む。

条件Brettの動き
SO₂不足活動開始
微酸素環境増殖しやすい
古樽使用定着・再感染リスク
高pH(>3.6)酸抵抗性が上昇

🧪 Brettは“自然発生”ではない。
それは「管理された酸化」が破綻したときの結果なのです。


■ 4. ナチュラルワインにおけるBrettの誤解

ナチュラルワインの世界では、Brettが“自然の味わい”として語られることがあります。
しかし、多くの醸造学者やソムリエは警鐘を鳴らしています。

🔻 よくある誤解と実際

よくある主張実際のリスク
「Brettは自然酵母だから良い」Brettは制御不能。再発酵・酸化・揮発酸の原因になる。
「ナチュラルの証拠」Brett臭は生産者の哲学ではなく衛生・酸化管理の問題
「複雑さの源」果実香とテロワールをマスク。全てを“同じ臭い”にする。

👓 所長コメント
「“ナチュラル”を掲げるなら、Brettに頼らずに自然を表現してほしいですね。野生と汚染は、似て非なるものですだと思いませんか。」


■ 5. 世界の評価分裂 ― 容認と拒絶のあいだで

立場Brettへの評価主な地域・思想
否定派(科学主義)果実・テロワールの破壊。除去すべき汚染。ニューワールド、醸造学者
中庸派(伝統派)微量なら熟成の一部として許容。ボルドー、ローヌ、ブルゴーニュ古酒
容認派(自然派)Brettも自然の一部として受け入れる。ジュラ、ロワール、自然派造り手

いずれにしても、“意図的に使う”か“放置する”かの違いは大きい。
本質的なナチュラル哲学とは、「放任」ではなく「非介入的な設計」なのです。


■ 6. 防御と再発 ― 醸造現場が恐れる理由

ブレタノマイセスは、一度感染すると完全除去が難しい。
SO₂、清潔な器具、温度管理――その全てが防御の基本です。

状況予防・対応策
樽内感染熱湯・スチーム・オゾン洗浄
微酸化環境密閉・窒素置換
瓶内二次汚染滅菌ろ過 or 滴定SO₂ 20mg/L以上維持
計測Brett DNA検出(PCR法)

Brettの制御に失敗すると、
「汚染ワイナリー」としてラベルを貼られ、市場から信頼を失うリスクもあります。


■ 7. 結論 ― “野性”を愛するには、まず制御を学べ

Brettは、自然の美しさと残酷さの両方を映します。
問題は、それを“理解せずに放置すること”

🍷 真のナチュラルは、放任ではなく意識的な静観。
 Brettを理解し、許容し、制御しないといけません。
 そこに、職人の哲学が宿ると思います。


🍷 関連記事でさらに学ぶ

  • 🧪 酸化の科学篇
     酸素がワインをどう変えるのか? 酸化の仕組みを科学で解説。
  • 🍇 酸化熟成ワイン篇
     ジュラやシェリー、酸化を芸術に変えた造り手たち。
  • ⚗️ オフフレーバー篇
     酸化臭・揮発酸・金属香。酸化の“崩壊”を嗅ぎ分ける。

※本記事にはアフィリエイト広告を含みます。リンクからお申込みいただいた場合、当サイトに報酬が発生することがあります。ただし、紹介しているスクールは私自身が実際に受講し、心からおすすめできるものだけを掲載しています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

ワインガジェット研究所 所長のあおです。
ワイン輸入バイヤー兼ブランド・マネージャーとして長年世界中のワイナリーと関わり、また国内でもレストランやワインショップへの販売、プロ&消費者向けイベントまで幅広く経験してきました。

その中で感じたのは、「ワインは難しいものじゃなく、もっと気軽に楽しめるもの」 ということ。
セラーやグラス、オープナーなどの便利グッズを正しく選べば、日常の一杯がグッと美味しくなるんです。

このブログでは、プロとしての知識と、ちょっとユーモラスな失敗談も交えながら(笑)、初心者から愛好家まで役立つ情報をお届けしています。

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次