ワインの酸化、怖くない。香りと熟成を変える「見えない反応」の正体[酸化シリーズ①]

※本記事にはアフィリエイト広告を含みます。

ワインの酸化、怖くない。香りと熟成を変える「見えない反応」の正体

── 酸化のメカニズムを知れば、ワインはもっと“生き物”に見えてくる。


■ はじめに:酸化は“劣化”ではなく“変化”

「酸化=悪いこと」と思われがちですが、
実際にはワインにとって酸化は生きていくための呼吸
のようなもの。

酸素とゆっくり関わることで、果実味は落ち着き、香りは丸みを帯び、
“若さ”が“深み”へと変わります。

つまり酸化とは――

ワインが時間を語りはじめる瞬間なのです。


■ 酸化の出発点:ポリフェノールの変化

酸化の主役は、ポリフェノール
赤ワインの色や渋みをつくる成分ですが、最初に酸素と結びつきやすいのもこの分子たち。

酸素(O₂)はそのままでは反応しづらいため、
鉄(Fe²⁺)や銅(Cu²⁺)といった金属イオンが「触媒」となり反応を助けます。

すると、フェノールはキノン(Quinone)という形に変化します。

フェノール(Phenol)+酸素(O₂)→ キノン(Quinone)+水(H₂O)
(触媒:Fe / Cu)

このキノンは反応性が非常に高く、アミノ酸や香り成分と反応し、
「果実香が弱くなる」「ナッツのような香りが出る」などの変化をもたらします。

🧭 補足コラム:ポリフェノールは「酸化されて守る」ヒーロー

ポリフェノールは、酸化の最前線に立つ“犠牲型ヒーロー”のような存在です。

ワイン中で最初に酸化されるのはポリフェノールですが、
それは「弱いから」ではなく、むしろ他の成分を守るために自ら酸化されやすい構造を持つから。

ポリフェノールは電子を渡して酸素を受け止め、自分がキノン(Quinone)になります。
その結果、果実香や色素など、ほかの繊細な化合物が酸化されにくくなる。
つまり――

🩸 自ら酸化して、仲間を守る“抗酸化バリア”

なんです。

この性質が「ポリフェノール=抗酸化物質」と呼ばれる理由です。


■ SO₂の登場:時間を巻き戻す“守護神”

ここで登場するのが、醸造家の最強ツール SO₂(亜硫酸)

SO₂は直接酸素を止めるわけではありません。
酸化してできた“キノン”をもう一度フェノールに戻してくれるのです。

つまりSO₂は「時間を巻き戻すリモコン」。
酸化が進みすぎる前にワインを元の状態へ戻す働きをします。

だからこそ、フリーSO₂(自由な形で残るSO₂)を20〜30 mg/L保つことが、
ワインの“呼吸のリズム”を保つ鍵になります。


■ フェントン反応:酸化が暴走する瞬間

もしSO₂が枯渇したり、金属が多かったりすると、
酸化は一気に“暴走モード”に入ります。

その中心にあるのがフェントン反応(Fenton Reaction)

Fe²⁺ + H₂O₂ → Fe³⁺ + •OH(ヒドロキシルラジカル) + OH⁻

この“ラジカル”は非常に反応性が高く、
エタノールをアセトアルデヒド(CH₃CHO)に変え、
あの「リンゴの皮」「ナッツ」のような香りを作ります。

少量なら“熟成香”、多ければ“酸化臭”。
その線引きを知って制御できるのが、プロフェッショナルの仕事です。


■ 酸化を支配する6つの要因

要因影響コントロール法
酸素量酸化速度を決める酵母培養・移送時に酸素管理
金属イオン触媒作用銅・鉄をPVPPやベントナイトで除去
pH酸化のしやすさpHを低めに保つ
ポリフェノール抗酸化バランス品種・マセラシオンで調整
温度反応速度(約2倍/10℃上昇)低温熟成
SO₂濃度酸化防御適正値維持(20〜30 mg/L)

これらを理解すると、
酸化は“偶然の劣化”ではなく、設計可能な熟成プロセスに見えてきます。


■ スタイルによる酸化の扱い方

酸化の「理論」は同じでも、その“使い方”はワインスタイルによってまるで違います。

🥂白ワイン:酸素を遮断して守る

発酵初期に酸化酵素を抑えるのが鍵。
シュール・リー熟成によってグルタチオン(GSH)を残し、
天然の抗酸化バリアを形成します。

🍷 赤ワイン:酸素を計画的に使う

マイクロオキシジェネーション(微量酸素供給)により、
タンニンを柔らかく、色を安定化。
「酸化の設計」がワインの個性を決めます。

🍾 スパークリングワイン:還元と酸化のバランス

ベースワイン段階では酸化を避け、
二次発酵後は高酸・低pHにより酸化耐性を持たせる。
酸化管理の妙が、熟成の幅を生みます。

あお所長

🪶 関連記事:酸化を“表現”に変えたワインたち
酸化を恐れず、香りの一部として使う造り手もいます。
ジュラのヴァン・ジョーヌ、スペインのシェリー、マデイラ……。
彼らが“酸化と共に生きる”理由を、文化と科学の両面から解説しています。
👉 酸化熟成ワインの世界 ― ジュラ、シェリー、そして“酸化香”という個性


■ テイスティングで読む「酸化の進行」

ステージ見た目・香り主な化合物
軽度酸化フルーツ香が減り、ナッツ香出現アセトアルデヒド
中度酸化やや褐色、酸味が穏やかにポリフェノール重合
強い酸化酢酸臭、カラメル香フェントン反応産物・酢酸

■ 結論:酸化は「ワインが時間を語るための化学反応」

酸化を恐れるのではなく、理解して使いこなす
それがプロフェッショナルの“酸化哲学”です。

次回(シリーズ②)では、
この酸化を「表現」として活かすジュラやシェリーなどの酸化熟成ワインを紹介します。

さらに続くシリーズ③では、
酸化の“行き過ぎ”が生むオフフレーバーと香りの診断法を徹底解説します。

🍷 酸化は、ワインの時間を見せる鏡。
その鏡をどう磨くかが、造り手とソムリエの感性です。

🍷 酸化シリーズをもっと読む

シリーズを通して読むと、ワインが「生きている化学反応」に見えてきます。

※本記事にはアフィリエイト広告を含みます。リンクからお申込みいただいた場合、当サイトに報酬が発生することがあります。ただし、紹介しているスクールは私自身が実際に受講し、心からおすすめできるものだけを掲載しています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

ワインガジェット研究所 所長のあおです。
ワイン輸入バイヤー兼ブランド・マネージャーとして長年世界中のワイナリーと関わり、また国内でもレストランやワインショップへの販売、プロ&消費者向けイベントまで幅広く経験してきました。

その中で感じたのは、「ワインは難しいものじゃなく、もっと気軽に楽しめるもの」 ということ。
セラーやグラス、オープナーなどの便利グッズを正しく選べば、日常の一杯がグッと美味しくなるんです。

このブログでは、プロとしての知識と、ちょっとユーモラスな失敗談も交えながら(笑)、初心者から愛好家まで役立つ情報をお届けしています。

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次