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ワインのオフフレーバー図鑑
── 香りの崩壊には、必ず“理由”がある。
■ はじめに:酸化が「表現」から「劣化」に変わる瞬間
酸化は、ワインに深みや熟成を与える力を持ちます。
しかし、その線を一歩越えると、香りは一気に崩れ落ちます。
その瞬間、ワインが語るのは「時間」ではなく「疲労」。
この章では、酸化がもたらすオフフレーバー(不快臭)の正体を、
科学の視点から整理し、テイスティングで識別できるようにしていきましょう。

🧪 関連記事:酸化の基礎をおさらい
「酸化臭」「揮発酸」「金属香」を正確に理解するには、
まず酸化の仕組みを知っておくとわかりやすいです。
ワイン中で起きている酸素とフェノールの反応を、
やさしく科学で解説しています。
👉 ワインの酸化、怖くない。香りと熟成を変える「見えない反応」の正体
■ 酸化臭(oxidized note) ― 香りの酸素焼け
酸化臭は、最も典型的な酸化劣化。
フルーツ香が消え、ナッツ・リンゴの皮・カラメル様の香りが強く出ます。
主な原因は、エタノールの酸化によるアセトアルデヒド(CH₃CHO)の生成。
アセトアルデヒドは、シェリーやヴァン・ジョーヌのような酸化熟成ワインでは“個性”となりますが、
通常のワインでは「酸素に疲れた香り」として現れます。
状態 | 香り | 状況 |
---|---|---|
軽度酸化 | 青リンゴの皮、ナッツ | 開栓後1〜2日 |
中度酸化 | カラメル、枯れ葉 | 保存ミス・樽内過熟 |
強度酸化 | 酢、マディラ臭 | 酸化制御不能・腐敗寸前 |
💡 識別のコツ
フルーツ香が消えて「茶色い」印象になったら、それは酸化香。
「香りが甘いのに味が疲れている」も酸化臭の典型。
■ 揮発酸(Volatile Acidity, VA) ― 酢のツンとした刺激
ワインの世界で「VA(ヴイエー)」と略される、揮発酸(volatile acidity)。
これは主に酢酸(CH₃COOH)とそのエステル化合物酢酸エチル(CH₃COOCH₂CH₃)のことです。
原因は、酸素と酢酸菌(Acetobacter属)。
アルコールが酸化され、酢酸へと変化します。
化合物 | 香りの特徴 | 閾値 |
---|---|---|
酢酸 | ツンとする刺激臭、酢 | 約0.6 g/L |
酢酸エチル | 接着剤、除光液 | 約0.15 g/L |
少量なら複雑さを与えますが、
量が増えると「バルサミコ酢」「ツンと鼻を刺す刺激」になります。
🧪 識別ポイント
グラスに鼻を近づけた瞬間に“ツンと上がる刺激”はVA。
舌でピリつくほどなら、菌が活動した証拠です。
■ メタリック香(Metallic taint) ― 鉄のような違和感
意外と見落とされがちなのが金属臭(メタリックノート)。
主に鉄(Fe)や銅(Cu)が酸化還元サイクルに入り込み、
ポリフェノールや有機酸と反応して発生します。
原因金属 | 主な由来 | 香りの特徴 |
---|---|---|
Fe²⁺(鉄) | 醸造設備・土壌由来 | 鉄分、血のような匂い |
Cu²⁺(銅) | 殺菌・清澄処理 | 金属的・焦げた匂い |
これらはフェントン反応を促進し、酸化を加速。
その結果、酸化臭と金属臭が混ざる「焦げ香」が生まれます。
💡 対策:金属濃度を減らす(PVPP処理・清澄)、SO₂維持、酸素接触を最小化。
■ 酢酸エチルとブレタノマイセス ― 酸化が呼び寄せる“野生酵母の影”
酸化が進むと、ワイン中のSO₂が枯渇し、
防御が弱まったところにブレタノマイセス(Brettanomyces)が入り込みます。
この酵母は低酸素でも生存し、
フェノール類を分解して4-エチルフェノールや4-エチルグアイアコールといった異臭物質を生成。
化合物 | 香りの特徴 | 例えるなら |
---|---|---|
4-エチルフェノール | 馬小屋、革、湿った木 | 古い樽の香りに近い |
4-エチルグアイアコール | スモーク、薬品、クローブ | 酸化香と混ざると焦げ臭に |
酸化管理を誤ると、酸化+Brett のダブルパンチでワインが崩壊します。
→ 「ナッツ香が“カビた革”に変わったら要注意」。
■ テイスティングで読む“崩壊のサイン”
香り・味の変化 | 原因 | 科学的指標 |
---|---|---|
フルーツ香の消失、ナッツ香出現 | 軽度酸化 | アセトアルデヒド生成 |
カラメル香、酸味低下 | 酸化進行 | ポリフェノール重合 |
酢酸臭、接着剤臭 | 酢酸菌活動 | 酢酸・酢酸エチル増加 |
鉄臭、焦げた香り | 金属反応 | フェントン反応 |
馬小屋、革、カビ臭 | Brett汚染 | 揮発フェノール生成 |
🍷 “香りが沈黙した瞬間”が、酸化の臨界点。
その境界を嗅ぎ分けることが、プロフェッショナルの感性です。



🍇 関連記事:酸化を“欠点”ではなく“表現”に変えたワインたち
ヴァン・ジョーヌやシェリーのように、酸化を恐れず熟成に取り入れたワインがあります。
酸化香がどのように「美味しさ」と「個性」に変わるのかを、
文化と科学の両面から解説しています。
👉 酸化熟成ワインの世界 ― ジュラ、シェリー、そして“酸化香”という個性
■ まとめ:酸化を知る者だけが、酸化を使いこなせる
酸化は、ワインに表情を与える芸術。
でもその筆が滑ると、一瞬で全てを塗りつぶす。
だからこそ、造り手もソムリエも――
**酸化が崩れる瞬間を「香りで見抜く力」**が必要です。
酸化を恐れず、崩壊の兆しを見極める。
それが、ワインの生命と時間を扱う者の責任。
🍷 酸化シリーズ 全3部作
回 | タイトル | 内容 |
---|---|---|
🧪 第1弾:酸化の科学篇 | ワインの酸化を“呼吸”として理解する。フェノール、SO₂、金属の働きを科学で解説。 | |
🍇 第2弾:酸化熟成ワイン篇 | 酸化を芸術に変えたジュラ・シェリー・マデイラ。文化と哲学を紐解く。 | |
⚗️ 第3弾:オフフレーバー篇(現在地) | 酸化が行きすぎたときに現れる香り。酸化臭・揮発酸・金属臭を科学で嗅ぎ分ける。 |








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