ワインのオフフレーバー図鑑 ― 酸化臭・揮発酸・メタリック香を科学で嗅ぎ分ける[酸化シリーズ③]

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ワインのオフフレーバー図鑑

── 香りの崩壊には、必ず“理由”がある。


■ はじめに:酸化が「表現」から「劣化」に変わる瞬間

酸化は、ワインに深みや熟成を与える力を持ちます。
しかし、その線を一歩越えると、香りは一気に崩れ落ちます。

その瞬間、ワインが語るのは「時間」ではなく「疲労」。

この章では、酸化がもたらすオフフレーバー(不快臭)の正体を、
科学の視点から整理し、テイスティングで識別できるようにしていきましょう。

あお所長

🧪 関連記事:酸化の基礎をおさらい
「酸化臭」「揮発酸」「金属香」を正確に理解するには、
まず酸化の仕組みを知っておくとわかりやすいです。
ワイン中で起きている酸素とフェノールの反応を、
やさしく科学で解説しています。
👉 ワインの酸化、怖くない。香りと熟成を変える「見えない反応」の正体


■ 酸化臭(oxidized note) ― 香りの酸素焼け

酸化臭は、最も典型的な酸化劣化。
フルーツ香が消え、ナッツ・リンゴの皮・カラメル様の香りが強く出ます。

主な原因は、エタノールの酸化によるアセトアルデヒド(CH₃CHO)の生成

エタノール(CH₃CH₂OH)+½O₂ → アセトアルデヒド(CH₃CHO)+H₂O

アセトアルデヒドは、シェリーやヴァン・ジョーヌのような酸化熟成ワインでは“個性”となりますが、
通常のワインでは「酸素に疲れた香り」として現れます。

状態香り状況
軽度酸化青リンゴの皮、ナッツ開栓後1〜2日
中度酸化カラメル、枯れ葉保存ミス・樽内過熟
強度酸化酢、マディラ臭酸化制御不能・腐敗寸前

💡 識別のコツ
フルーツ香が消えて「茶色い」印象になったら、それは酸化香。
「香りが甘いのに味が疲れている」も酸化臭の典型。


■ 揮発酸(Volatile Acidity, VA) ― 酢のツンとした刺激

ワインの世界で「VA(ヴイエー)」と略される、揮発酸(volatile acidity)
これは主に酢酸(CH₃COOH)とそのエステル化合物酢酸エチル(CH₃COOCH₂CH₃)のことです。

原因は、酸素と酢酸菌(Acetobacter属)
アルコールが酸化され、酢酸へと変化します。

エタノール + O₂ → 酢酸 + H₂O

化合物香りの特徴閾値
酢酸ツンとする刺激臭、酢約0.6 g/L
酢酸エチル接着剤、除光液約0.15 g/L

少量なら複雑さを与えますが、
量が増えると「バルサミコ酢」「ツンと鼻を刺す刺激」になります。

🧪 識別ポイント
グラスに鼻を近づけた瞬間に“ツンと上がる刺激”はVA。
舌でピリつくほどなら、菌が活動した証拠です。


■ メタリック香(Metallic taint) ― 鉄のような違和感

意外と見落とされがちなのが金属臭(メタリックノート)
主に鉄(Fe)や銅(Cu)が酸化還元サイクルに入り込み、
ポリフェノールや有機酸と反応して発生します。

原因金属主な由来香りの特徴
Fe²⁺(鉄)醸造設備・土壌由来鉄分、血のような匂い
Cu²⁺(銅)殺菌・清澄処理金属的・焦げた匂い

これらはフェントン反応を促進し、酸化を加速。
その結果、酸化臭と金属臭が混ざる「焦げ香」が生まれます。

💡 対策:金属濃度を減らす(PVPP処理・清澄)、SO₂維持、酸素接触を最小化。


■ 酢酸エチルとブレタノマイセス ― 酸化が呼び寄せる“野生酵母の影”

酸化が進むと、ワイン中のSO₂が枯渇し、
防御が弱まったところにブレタノマイセス(Brettanomyces)が入り込みます。

この酵母は低酸素でも生存し、
フェノール類を分解して4-エチルフェノール4-エチルグアイアコールといった異臭物質を生成。

化合物香りの特徴例えるなら
4-エチルフェノール馬小屋、革、湿った木古い樽の香りに近い
4-エチルグアイアコールスモーク、薬品、クローブ酸化香と混ざると焦げ臭に

酸化管理を誤ると、酸化+Brett のダブルパンチでワインが崩壊します。
→ 「ナッツ香が“カビた革”に変わったら要注意」。


■ テイスティングで読む“崩壊のサイン”

香り・味の変化原因科学的指標
フルーツ香の消失、ナッツ香出現軽度酸化アセトアルデヒド生成
カラメル香、酸味低下酸化進行ポリフェノール重合
酢酸臭、接着剤臭酢酸菌活動酢酸・酢酸エチル増加
鉄臭、焦げた香り金属反応フェントン反応
馬小屋、革、カビ臭Brett汚染揮発フェノール生成

🍷 “香りが沈黙した瞬間”が、酸化の臨界点。
その境界を嗅ぎ分けることが、プロフェッショナルの感性です。

あお所長

🍇 関連記事:酸化を“欠点”ではなく“表現”に変えたワインたち
ヴァン・ジョーヌやシェリーのように、酸化を恐れず熟成に取り入れたワインがあります。
酸化香がどのように「美味しさ」と「個性」に変わるのかを、
文化と科学の両面から解説しています。
👉 酸化熟成ワインの世界 ― ジュラ、シェリー、そして“酸化香”という個性


■ まとめ:酸化を知る者だけが、酸化を使いこなせる

酸化は、ワインに表情を与える芸術。
でもその筆が滑ると、一瞬で全てを塗りつぶす。

だからこそ、造り手もソムリエも――
**酸化が崩れる瞬間を「香りで見抜く力」**が必要です。

酸化を恐れず、崩壊の兆しを見極める。
それが、ワインの生命と時間を扱う者の責任。

🍷 酸化シリーズ 全3部作

タイトル内容
🧪 第1弾:酸化の科学篇ワインの酸化を“呼吸”として理解する。フェノール、SO₂、金属の働きを科学で解説。
🍇 第2弾:酸化熟成ワイン篇酸化を芸術に変えたジュラ・シェリー・マデイラ。文化と哲学を紐解く。
⚗️ 第3弾:オフフレーバー篇(現在地)酸化が行きすぎたときに現れる香り。酸化臭・揮発酸・金属臭を科学で嗅ぎ分ける。

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この記事を書いた人

ワインガジェット研究所 所長のあおです。
ワイン輸入バイヤー兼ブランド・マネージャーとして長年世界中のワイナリーと関わり、また国内でもレストランやワインショップへの販売、プロ&消費者向けイベントまで幅広く経験してきました。

その中で感じたのは、「ワインは難しいものじゃなく、もっと気軽に楽しめるもの」 ということ。
セラーやグラス、オープナーなどの便利グッズを正しく選べば、日常の一杯がグッと美味しくなるんです。

このブログでは、プロとしての知識と、ちょっとユーモラスな失敗談も交えながら(笑)、初心者から愛好家まで役立つ情報をお届けしています。

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