気候変動が変えるシャンパーニュ。なぜ今、イギリスのスパークリングワインが注目されるのか

シャンパーニュは長い間、世界のスパークリングワインの特別な存在であり続けています。

もちろん品質の高さもありますが、それだけではありません。
歴史や文化、祝福の場面で開けるイメージ、そして「いつか飲みたい」という憧れ。そうしたものすべてが重なって、シャンパーニュというブランドを作っています。

そんなシャンパーニュが、今ひとつの転換期を迎えています。

背景にあるのは気候変動です。
実際に大手メゾンの担当者へ話を聞くと、「昔は収穫が10月に入ることも珍しくなかったが、温暖化により早期にブドウが熟すことで、今は8月中に始まる年もある」という話を耳にします。

そして興味深いことに、その変化の恩恵を受けている産地があります。

イギリスです。

かつてはワイン産地としてあまり語られることのなかったこの国が、今では世界中のソムリエや評論家から注目を集めています。
気候変動はシャンパーニュをどう変えたのか。
そしてイギリスのスパークリングワインはどこまで存在感を高めるのでしょうか。

ワイン業界の現場で感じる変化も交えながら考えてみたいと思います。

この記事を書いた人

Aoあお|Tableside Notes

ワイン輸入バイヤー・ブランドマネージャーとして、生産者やレストランと関わってきた経験をベースに、ワインのある食卓やライフスタイルを発信。

シャンパーニュから深夜のパスタまで、“背伸びしすぎない上質”をテーマにしています。

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目次

シャンパーニュは気候変動の最前線にいる

ワイン産地の中でも、シャンパーニュは気候変動の影響を受けやすい地域として知られています。
もともと冷涼な気候だからこそ、高い酸とゆっくりした成熟が生まれ、それがシャンパーニュの品質を支えてきました。

しかし近年は状況が変わっています。

シャンパーニュ地方では過去30年で平均気温がおよそ1℃以上上昇し、収穫時期も平均で2週間以上早まったと報告されています。
2020年には一部区画で8月17日から収穫が始まりました。これは歴史的に見ても非常に早いタイミングです。
実際、大手メゾンの方からも、「温暖化には各社非常に敏感になっており、栽培・醸造・ドザージュなどあらゆる面から工夫をしてきている」という話を聞きます。

成熟スピードが上がり、糖度は確保しやすくなりました。
その一方で、シャンパーニュの個性でもある酸をどう維持するかが大きなテーマになっています。

ただし、ここで誤解したくないのは、「温暖化=品質低下」ではないということです。
実際には2002年や2008年、2012年、2018年など、近年のシャンパーニュには歴史的な当たり年も数多くあります。
むしろ1990年代から2010年代にかけては、成熟不足のリスクが減ったことで恩恵を受けていた側面もありました。

今はそのバランスが少しずつ変わり始めている時期なのかもしれません。


醸造も変わった。増えるノンマロと低ドザージュ

畑の変化は、醸造にも表れています。

近年よく耳にするのが、ノンマロラクティック発酵です。

マロラクティック発酵はワインを柔らかくする一方で、酸を穏やかにする働きがあります。
以前であれば積極的に取り入れる生産者も多かったのですが、近年はあえて行わず、フレッシュな酸を残そうとするケースが増えています。

ノンマロラクティック醗酵にについての詳細に知りたい方は下記の記事をご確認ください

また、ドザージュ量も全体として減少傾向にあります。
エクストラ・ブリュットやブリュット・ナチュールが増えた背景には、市場のトレンドだけではなく、ブドウそのものの成熟度向上もあります。

気候変動は、シャンパーニュの味わいそのものを少しずつ変えているのです。


シャンパーニュ委員会も未来に向けて動いている

もちろん、シャンパーニュが変化に無防備なわけではありません。
CIVC(シャンパーニュ委員会)は以前から気候変動への対応を進めています。

耐病性品種の研究や栽培方法の見直しもそのひとつです。

象徴的なのが、2022年に認可された新品種「ヴォルティス」です。
まだ栽培面積は限られていますが、将来を見据えた取り組みとして注目されています。

シャンパーニュは伝統産地でありながら、実は非常に現実的な産地でもあります。
変化を否定するのではなく、どう適応するかを考え続けているのです。


本当に難しいのは収穫が早まることではない

現場で話を聞いていると、収穫時期そのものよりも「収穫の集中」を課題として挙げる人が少なくありません。

以前は区画ごとに成熟のタイミングに差がありました。
ところが近年は、多くの区画が短期間で一気に熟します。
すると、
・収穫スタッフの確保
・圧搾設備の稼働
・物流
・収穫判断
こうしたすべてが同時に集中します。

気候変動は味わいだけでなく、生産現場そのものにも影響を与えているのです。


その一方でイギリスが台頭している

こうした変化の中で、存在感を高めているのがイギリスのスパークリングワインです。

南イングランドには、シャンパーニュと共通する白亜質土壌が広がっています。
さらに温暖化によってブドウ栽培に適した環境が整い始めました。

その結果として生まれるワインは、
きりっとした酸
柑橘系の香り
ミネラル感
長い熟成ポテンシャル

を備えています。

ジャンシス・ロビンソンをはじめとする世界的な評論家が高く評価していることもあり、国際的な認知度は年々高まっています。


なぜオーストラリアでも南アフリカでもなくイギリスなのか

ここは非常に興味深いポイントです。

優れたスパークリングワイン産地は世界中にあります。
タスマニアやフランチャコルタ、南アフリカのキャップ・クラシックも品質だけを見れば非常に魅力的です。
それでもシャンパーニュと肩を並べる存在になることは簡単ではありませんでした

理由のひとつはブランドです。
シャンパーニュは味だけで売れているわけではありません。
歴史。
文化。
ライフスタイル。
贈答品としての価値。
そうした「憧れ」の総体がブランドを支えています

そしてイギリスは珍しく、その領域に入り込める可能性を持っています。
ワイン生産国としての歴史は浅いものの、ロンドンは世界有数のワイン市場です。

評論家やMaster of Wine、多くのジャーナリストが集まり、世界へ向けて情報が発信されています。

つまりイギリスは、
ワインの生産地でありながら、評価の発信地でもあるのです。
また、ワイン以外の分野でも”憧れ”が集まる国です。

この立ち位置は、他の新興産地にはない大きな強みだと思います。


イギリススパークリングはワイン版「パリスの審判」になるのか

1976年の「パリスの審判」で、ナパ・ヴァレーはボルドーに挑みました。

もちろんイギリスとシャンパーニュの関係はそれほど単純ではありません。

ただ、これはあくまで個人的な感覚ですが、
近年のブラインドテイスティングや評論家の評価を見ると、少し似た空気を感じることがあります。
MWやトップソムリエの間でも、イギリススパークリングへの関心は確実に高まっています。

まだ市場規模は小さいかもしれません。

しかし、もはや話題性だけで語られる存在ではなくなりつつあります。


それでもシャンパーニュはなくならない

ここは強調しておきたいところです。

イギリスが伸びても、シャンパーニュの価値が失われるわけではありません。

むしろ高級ラグジュアリー市場では、その存在感はさらに強まる可能性もあります。
一部のプレステージ・キュヴェは、今後も価格上昇が続くかもしれません。

気候変動の影響を強く受けながらも、ブランドによって強く守られている。
この二面性こそが、今のシャンパーニュを理解するうえで重要なポイントだと思います。

パリスの審判の話にも関連しますが、ナパがプレミアムワイン産地としての地位を得ても、
価格はどんどん上昇していますね。


今後10年、私たちは何を見ていくべきか

気候変動は、シャンパーニュからイギリスへ主役を移そうとしているわけではありません。

むしろ興味深いのは、シャンパーニュが変化することで、これまで脇役だった産地にも光が当たり始めたことです。

ワインの地図は、ある日突然塗り替わるものではありません。少しずつ、新しい色が加わっていくものです。

シャンパーニュが変化し、その周囲でイギリスをはじめとする新しい産地が存在感を高めていく。
今はちょうど、その変化の途中を見ている時代なのかもしれません。

そしてシャンパーニュが好きな人ほど、今はイギリスのスパークリングワインを一度飲んでみる価値があると思います。

「代わり」ではなく、「次に知っておきたい産地」として。
気候変動という大きな変化は、ときに新しい楽しみ方も連れてきてくれるのです。

私自身、長らくシャンパーニュ・バイヤーとして活動した経歴にひっぱられて、”シャンパーニュ贔屓”の側面がありました。
しかし、イギリスの近年の品質向上には衝撃をうけていますし、一人のワインラバーとして今後が非常に楽しみです。

まず試すべきイギリス・スパークリング


まず試すなら、イギリススパークリングの代表格とも言えるナイティンバーがおすすめです。
シャンパーニュ好きほど、その完成度の高さと個性に驚くかもしれません。
「シャンパーニュの代替品」ではなく、新しい選択肢として楽しんでみてください。

シャンパーニュやイングリッシュ・スパークリングを楽しむガジェット

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スティルワイン用のコラヴァンについては下記の記事に書きましたが、スパークリングverも圧巻です。

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この記事を書いた人

ワイン業界の視点から、
食卓・シャンパーニュ・上質な道具を通して、
「少し良い暮らし」を発信しています。

ワイン輸入バイヤーやブランド業務を通じて、世界各国のワイナリーやレストラン、ショップ、イベントに長年関わってきました。

その中で感じたのは、
ワインは“難しく学ぶもの”というより、
日常を少し豊かにしてくれる存在だということ。

グラスや保存方法、食卓の工夫ひとつで、
いつもの一杯は驚くほど美味しくなります。

このサイトでは、
プロとしての現場経験をベースにしながらも、
初心者の方にもわかりやすく、
「気軽に試したくなるワインの楽しみ方」をお届けしています。

また、食卓やワイン文化についてのエッセイ・コラムは、
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